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視線恐怖を克服する考え方

視線恐怖を克服することは可能でしょうか?

視線恐怖を克服するための考え方について、これからいくつかご紹介してゆきたいと思います。

まず、これは視線恐怖を体験したことのある私にもありましたが、視線恐怖があると、人の視線が怖くなります。

他人の視線が気になると、何故この人は人のことをじろっと見ているのだろうか、なぜこの人はこっちを見ているのか?とどこか、怒りの感情までわきあがってくることがあります。

その人は実際はあなたを見ているわけではないのかも知れません。たまたま目が合っただけかも知れません。いずれにしても、他の人は「視線」について色々と考えてはいないのです。

これは視線恐怖の人が特殊だと言っているわけではありません。視線恐怖に苦しんでいる人は大勢いらっしゃいますから。

話は少しそれましたが、他人の視線に敵意すら感じてしまうことがあるかも知れません。敵意とはいかなくても、嫌だなぁ、何でこの人は人のことを見るのだろうか、とストレスを感じるかも知れません。

しかし、相手に対して嫌だとか、敵意を感じるなど、相手に投げかけたものは、結局はあなたに恐怖心や緊張、不安などになって戻ってくることを知って下さい。あなたが相手に感じた敵意や怒り、イライラや嫌悪感は、結局あなたに降りかかってくるということを。

これが理解できると、それだけでかなり楽になるはずです。

視線恐怖を克服するために

視線恐怖を克服するには、まずは今の視線が怖いということが習慣のようになっていることを認識することからはじめてはどうでしょうか。

勿論、過剰に意識する必要はないと思います。過剰に意識すればそれは逆効果です。

私が言いたかったのは、視線恐怖は習慣としてとらえてはどうかということです。言ってみれば、これも考え方の習慣であると。他にも習慣ってありますか?例えば、毎朝、この道を通るようにしている・・・というのも習慣ですよね。

毎朝一定の道を通ることが習慣になっていたとしましょう。その習慣を変えることはできますか?最初のうちは体が勝手に反応して、昔の習慣のように以前の道へと進むかも知れません。

しかし、習慣を変えようという意識があれば、昔の習慣から離れることができます。

視線恐怖もこれと同じように、視線が怖いという心の習慣、考え方の習慣になっていると考え、習慣を変えようと決めてしまうこと。これが視線恐怖克服の第一歩になるのではないかと思います。

人の視線を個性として捉えてみる

視線恐怖症の場合、他人の視線についてあれこれと考えてしまうものです。

例えば、「あの人、こっちを見ているな、何でこっちをみているのだろうか。何て思われているんだろう。」といったように相手の視線の意味を自分の中で作り上げてしまっているわけです。

また、人の目を見ると、どう思われているか、変な視線だと思われているのではないか・・・と気になってしまいます。

だから、まともに相手の目を見れないわけです。しかし、ここに付け加えておくと、相手は殆どの場合あなたの視線を変だとは思っていません。

目を見て話をできなかったとしても、恥ずかしいのかなとは思っても、それが視線恐怖症だとは思わないでしょうし、あなたがあれこれと考えているようなことは思ってはいないものです。

例え、にらんでいるような視線の人がいたとしても、あなたのことを笑っているようにも見える視線の人がいたとしても、悲しそうな目をしている人がいても、つまらなそうな目をしている人がいても、それは当たり前のことだと考えると楽になれると思います。

世の中には色々な人がいるのだ・・・と。そして、それが当たり前で、それについてあなたがどうのこうのできるわけではないし、自分でできることは自分の考え方や行動を自分でコントロールできることだけであると考えましょう。

色々な人がいる。そして、それは当たり前のこと。考え方も皆違います。常識といったって人によって違っていることでしょう。

いくら同じ兄弟であっても、性格も考え方も違うのですから、それ以外の人であれば尚更違っていて当たり前なのです。

同じ家族でも違う、同じ町内の人でも違う、同じ県民でも、同じ日本国民でも、同じ地球に生まれても皆違うのです。視線も色々な視線があって当たり前と考えましょう。